初秋



 ひどく暑かった夏が終わって、だらだらと続いた残暑が落ち着いた頃、随分と久しぶりに滝に電話をかけた。飲みに行こうぜと誘ったら、拍子抜けするほどあっさりとやってきた。
 久しぶり、なんて挨拶も抜きで滝は、しょっちゅう会っているみたいに懐っこく笑って、最近どうしてるだろうなんて考えていたのは、俺だけだったみたいだ。
 なんだか妙にうまくいった就活は梅雨前には内定は下りていて、まだ正式ではないけれど、たぶん俺はこの街を出ることになる。そのことを伝えようと思ったのだけれど、そんなことは口実に過ぎなくて、結局。

 俺は片山のことがずっと気になっていた。

 夏の真ん中で。図書館で見かけた弟の背中の向こう側に見つけた、懐かしい彼女の横顔のことが。
 あの日から消えない彼女の記憶を、俺は誰かと共有したかったんだと思う。
 あの頃のころをよく知っているはずの、誰かと。


「お前は知らなかったと思うけど」
 そう言いかけると、滝は不思議そうにこっちを見やった。
 ただ真っ直ぐで、何かを疑う素振りもなくて、何かに感づく仕草もなくて。

 本当に、この目はまるで変らないんだな。

 今この瞬間に、目の前の人間が自分を傷付けることなんてありえないと、正しく信用してるような目。
 俺はこの目に、敵わなかったのだろうか。
 少しぐらい、濁ってくれててもいいのにな。
 なんだか気恥ずかしくなる。
 そして。いたたまれない、と思う。
 自分は変ってしまっただろうか。
 自分だけが、歪んでしまっただろうか。
 上手く言葉が継げないでいたら、なんだよ、と怪訝そうに聞き返された。

「お前は知らないと思うけど」
「うん」
「俺、片山が好きだった」
「え」
「それをお前がもってっちゃってさ」
「嘘だろう?」
「今更嘘ついても仕方ないだろ」
「だけど」
「全然知らなかっただろ?」
「全然」
「それがお前の、一番のいいところで、片山を引き寄せたんだろうけどな」

 片山は滝のこんなところがきっと好きで、そして、俺と同じようにいたたまれなくなったりしたんだろう。

「ごめん」
「なにが」
「俺、お前に相談とかしてたじゃん」
「してたなぁ」
「俺全然知らなくて」
「いいよ。お前が気付かない事なんか分かってた。それで俺が言わなかっただけ」
「ごめん」
「それに、どうせお前、片山にはふられて帰ってくるだろうとか思ってたしさ。それが、まぁ予想に反して、上手くいっちゃったってだけ」
「振られると思ってた?」
「思ってたよ」
「なんで?」
「だって、だってなぁ。片や才媛。片や野球バカだろう?普通思うだろうが。それに片山、人気あったし」
「あいつ、人気あったの?」
「あったよ。引く手あまただったんだよ」
「へぇ〜」
 滝は本当に意外そうな顔をして何度か小さく頷いた。

「知らないのは、お前だけ。あと、片山本人も、たぶん気付いてないんだろな」
「なんで竹田は、しってんの?」
 なんでって、と、言いかけて俺は、なんだか馬鹿馬鹿しくなって口をつぐんだ。
 何年も前の可愛らしい色恋話を、この極度に鈍感な奴に説明して今更なんになると言うのだろう。

 滝はただ、片山を見ていたのは自分だけだと思っていたんだ。
 まさか、独り占めしたとは思っていなかったんだ。
 あの頃の片山は、本当に浮き立つような存在感だったと言うのに。
 滝は俺の予想をはるかに超えて、何も気付いてなんかいないんだ。


「お前、どれだけ、自分が注目を集めたか知ってる?あの時」
「さぁ。でも、俺たち地味だっただろ?」
「どれだけ、羨望集めてたか、少しは、気付けよ」
「羨望?羨望ねぇ。滝はいいなぁって言われた事くらいあったけど」

 滝のとぼけた答えを、俺はいつかと同じように、どこかぼんやりと聞いていた。

 片山はこんなとぼけた奴を、本当に好きだったことを、俺は知ってる。
 滝は片山の持っていた傷を、癒しただろうか。
 いつも張り詰めたように身を守っていた彼女が、少しずつ、少しずつ、ほどけていったのを俺は知ってる。
 彼女が良くも悪くも、ただののんきな高校生に近づいていく様を、ずっと見ていた。

 俺は滝ほど鈍感じゃないから、幾ら知りたくなくたって、気付いてしまうんだ。



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