視線



 夏休みが終わって、二学期が始まって、当然浪人するのだろうなと思っていた弟の偏差値が飛躍的に伸びているのを知って驚いた。馬鹿ではないと知っていたが、さすがに短期間でここまで持ってこられると兄の俺が意味もなく狼狽してしまう。
 片山に勉強でも教わっているのかとちらりと考えたがそういうわけでもないらしい。弟は厳しい顔をして、学校だ予備校だ図書館だと忙しく回っていた。

「お前、浪人しなくてもいけるんじゃないの?」
「現役で入る」
「まじで?」
「浪人はしない」

 やけに毅然とした態度で言い切って、妙に挑戦的な視線を向けてくる。弟に睨まれる筋合いはないと思うのだが、何か、気に触るようなことを言ったのだろうか。

「どこ狙ってんの?」
「まだ未定」
「片山の後でも追うつもりか?」

 ほんの軽口で言ったつもりが、思いっきり禁句だったらしい。
 さすがに長い付き合いで、表にはさっぱり現さないままで弟が静かにきれたのが分かった。


「兄貴は全部知ってたんだろう?」

 ちらちらと揺れる瞳に隠してるはずの繊細さが覗いて、ああやっぱりまだまだ子どもなのだと思った。
 俺とは違う。まるで確かに。
 俺だったらもうあんな眼はしない。
 そうだ、きっと片山も。もうあんな目をしたりはしないだろうに。

「片山は元気?」
「帰ったよ」
「ああ、もう大学も始まるのかな」
「向こうで就職するって」
「まぁ大阪は都会だからな」
「もう戻っては来ないって」
「そうか」
「どうせ兄貴は知ってたんだろう?」

 視線があんまりに真っ直ぐすぎて、何故だか気圧されてしまった。
 だったらなんなんだと言うはずだったのに言えなくて、そうか、俺はもしかしたら、どこかで待っていたのかもしれないなと思った。


 もう隣に滝がいないのだから。
 俺は。
 3年も経つのにどこかで期待していたのかもしれない。



 お前さえいなければ、と、一度も思わなかったと言えばそれは嘘になるのだろう。
 お前さえいなければ、片山が俺を見てくれるという保障などどこにもなかったけれど。



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