真ん中



「彼女と上手くいってんの」
「まぁまぁそれなりにな」
「片山の事は、もう、どうでもいい?」
「どうでもいいって事はないけど」
「じゃぁ、今度は俺が貰っていい?」
「貰っていいって、だからあいつ、誰かと付き合ってんじゃないの?」
「だから、そんなこと、俺には関係ないって」

 片山が今、誰と付き合っていようと。あれから何年経っていようと。
 きっと、そんなことは結局何の関係もないんだと思う。
 どうせ。今も。
 そして。これからも。
 片山のこころの中心は、滝がもっていってしまったままなのだから。

 俺たちは、もう戻れない。誰だって皆戻れないんだ。
 あの頃。16歳。
 まだ今よりもずっと子どもだった自分たちはひどく純粋で、だから、その想いにはもう敵わない。俺たちはきっと、あの頃の俺たちには敵わない。
 これから誰が現れようと。どれだけ時間が立っても。

 片山の真ん中には滝がいる。
 俺の真ん中で片山が手を振るように。


     でも滝は…
     滝は違うのかもしれないな

 滝はまだ、キズもなくくすみもなく透明に見えるから。


「なぁ。滝。片山の連絡先知ってるだろ?」
 振り向いただけで何も言わない滝に構わず言葉を続ける。
「教えろよ」
「まじで?」
「大丈夫だろ?別に。高校時代は仲良かったし、お前から聞いたって言えば、片山も納得するだろ」
「そうじゃなくて」
「なに?」
「まじで告白とかする気?」
「告白って言うか、まじめに頑張るつもりだけど」
「だって片山いま彼氏いるんだろ?やっぱ、よくないじゃん。そういうの」
「なんで?」
「彼氏持ちだって知ってんのに口説いたりするのって、なんか、俺は、抵抗が…」
「別にお前が言うわけじゃないだろ。それに、お前の彼女でもないし。だからさっき聞いただろ?片山の事はもういいのかって」
「そうだけど。なんか、人の彼女に手を出すみたいで、俺は、人間としてどうかなって思うから」

 やっぱり、滝は綺麗なままなんだよな。
 俺は、滝が、まじめにそう考えているって分かってる。
 分かってるけど。俺は滝みたいに綺麗なことはいえない。
 綺麗で正しい事ばかり言う滝に少し苛々するのは、どこかで羨ましいからだ、ということも分かってる。
 でも俺は、滝みたいにはなれない。

「俺は、いい人になりたくて、ずっと好きだったわけじゃないんだよ」

 滝が、言い返そうとして言葉に詰まる。俺は、言い返せないだろうってことも分かっていた。滝を黙らせてしまいたかった。そして、彼女の連絡先だけが知りたかった。

「大丈夫だよ。最低限のところで。俺には今彼女はいないから」


 俺が、もういいだろう、と言って、テーブルの上にあった滝の携帯に手を伸ばしても、滝は咎めなかった。勝手にメモリから片山の情報を呼び出して、俺の携帯に打ち込んでも、滝は何も言わなかった。
 俺はそっと、滝の携帯をもとあった場所に置く。
 かたりと小さく音がした。
 小さくて、紛れてしまいそうにささやかで、何かが決定的だった。
 ひっそりと降りた沈黙が気まずくて、グラスの氷を鳴らして誤魔化ししてみたけれど、ただ際立っただけで、虚しくなってやめた。


 そのまましばらく続いた沈黙に、俺が耐えられなくなってきた頃、ふいに滝が口を開いた。

「俺がおかしいのかな」
「え?」
「片山が言ってたんだ。滝君はいつも教科書みたいに正しくて、正しくて、正しくて、時々本当にやりきれないって。言われたんだ。俺、意味分かんなくて、正しくて何がいけないんだって、思ってたけど」


    俺がいけないのか?


 向けられた視線は確かに傷ついていた。
 キズもなく、くすみもない透明な滝に今、俺は斜線を入れてしまったのかもしれない。

 コンパスの針で引っかいたような、細くて消えない一つの斜線。



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