西の街



 例え俺がどんなに頑張っても、だめなんだろうな、と思う。
 俺は昔から片山のことが何となく分かる気がする。片山が滝に言ったっていう、正しくてやりきれないって気持ちも、分かる気がする。
 それはたぶん、俺が、感覚的に、滝よりも片山に近いからなんだろう。
 それでも片山は滝を好きになったのだし、たぶん、滝より俺が先に告白していても、他の同級生みたくふられただけだったと思う。

 きっと、時期が違ったって、結果は同じなんだ。

 それでも言ってしまえば取り消せない。隠して、誤魔化して、目をそむけてやり過ごす事はもう出来ない。今までずっと俺の真ん中で手を振っていた片山だって、過去へ過去へと流されていって、残像になる。
 いやでも進まなければならない。新しい世界に、新しい人に、正面から対峙しなければ…
 ずっとそれが怖かったけれど、もう、逃げ回れる時期も過ぎたのだろう。

 明るく光る携帯の画面に並ぶ数字。
 きっとふられるだろうけど…俺は穏やかに諦めている。
 いつだって、いつだって、彼女は遠くにいたじゃないか。このままだって、振られたって、別に何も、変らない。
 一度だって、すぐそばに来たことなんてなかったんだ。
 一度くらい、自分から近づいてみても、いいのだろう。

 彼女の電話番号を見つめながら、ふいに思いつく。
 どうせ一度なら、せっかくだから、直接面と向かって伝えようか…
 卒業してからずっと、会いに行くことなんて、考えた事もなかったけれど。
 積み重なったこの想いを、手放す覚悟があるなら。
 もう何も、こわいことなんて何もない。
 万が一、万が一にも手に入るなら。
 大事に大事にすればいい。きっと幸せにすればいい。


 単位は取り終わって、卒業は確実。内定も決まっていて、さし当たって時間はある。バイトで貯めた金もある。
 数日間、旅行気分で、関西に行くのも悪くない。そういえば修学旅行で行っただけだ。
 俺はにわかに浮き立った気分で、頭の中で予定を思い出す。
 そうだ、先に、片山に電話して、遊びに行くからちょっと会おうって言わないと。会えなかったら意味がない。

 ずっと手にしたままだった携帯の、通話ボタンを軽く押す。
 呼び出し音を聞きながら、そのとき俺は、なぜか、ひどく、愉しい気分だった。
 告白すれば振られるだろうって、分かってるのに。
 それでも未来は明るいような、そんな気がしていた。
 それは、随分久々な感覚で、そうだ、片山や滝と一緒にいた頃は、いつもこんな感じがしたなと思い出す。

 きっと、いつだって。未来は明るいんだ。
 目を上げれば。踏み出す覚悟があるのなら。

 まったく、滝みたいに正しい思考だな。ま、たまにはありか、と、苦笑したところで、呼び出し音が切れた。



「もしもし…?だれ…?」
「あー。片山?俺、1、2年一緒だった竹田。分かる?憶えてる?」
「ええ?竹田君?!びっくりしたー。憶えてるよー。忘れないって」


 受話器の向こうで、遠い西の街で、でも鮮明な声で。


 彼女が笑った。



≪END≫

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