熱量 (vol.3) 



「それ、ラス1だから、ありがたく食えよ」

 ちょっと離れた誰かの机に座った深沢君が、やっぱり唐突に言った。深沢君の言動は、ちょっと読めない。

「深沢君は?」
「いいよ。お前にやるよ」
「深沢君て、部活は?」
 こんな半端な時間に教室に帰ってきたことの違和感に、ようやく思い当たって聞いてみる。
 こんな時間に、教室に人が来ることの方が珍しい。

「俺?バスケ部。今日は病院だから早退なんだ」
「痛めたの?」
「まー。軽く。たぶん、成長痛」
「背が、伸びるんだね」
「だね。たぶんね」
「成長痛のときに無理すると背が伸びないんだよ。下手したら、壊れるし、気をつけないと」
「誰かが言ってた?」

 私は無言で、自分の膝を小さく叩いた。ちょっと笑って、余裕そうな風を繕えたならいいけれど。
 上手くいったかどうかは、あんまり分からない。

 私の成長期は、去年の夏だった。
 待ちに待った、何よりも欲しかった、長い手足と上背を。
 失うくらいなら。
 無理なんか、しなければよかった。
 先生に、何て言われても。
 絶対無理なんか、しなければよかった。


「お前ってさぁ、バレー部だったろ」
「誰かが言ってた?」
「体育館で見たよ」
「そっか」
「ま、それもどうでもいいけどな」
「うん。どうでもいいよ」

 もう、どうでもいいよ。
 どうでもよかったはずなのに、赤い夕焼けが感傷を誘う。
 私はまだ子どもで、感傷なんて言葉の意味は、よく分かってなかったかもしれないけれど。
 深沢君は、何考えてんだかよく分からないままでしばらくそこにいた。
 でも邪魔じゃなかった。煩わしくもなかった。



 じゃぁ、俺、病院行くからって、席を立ったのもまた唐突で、私は無言で振り返って手を振った。

「ありがとう。キャラメル」
「お前も、あんまり暗くなる前に帰れよな」
 ひらひらと肩の辺りで手を振りながら深沢君は、入ってきたのと同じ教室の後ろの引き戸から出て行こうとして、ふいに立ち止まった。

「あ、そうだ」
「なに?」
「グリコのキャラメルは、一粒で300mって、知ってる?」
「は?」
「そのキャラメルを食べるとなぁ。一粒で300m走れるんだぞ」
 にぃっと笑って、そんな、何に役立つんだか分からない豆知識をまたひとつ披露して、じゃーな、と言って今度こそ振り向かずに行ってしまった。

 それも姉貴が言ってたの?て、聞きそびれたなって、ちょっと思った。
 それから、ま、どうでもいいけどな、って、言わなかったなって、思った。
 一番どうでもよさそうな事だったのに。


 あの日、深沢君がくれたキャラメルは甘かった。
 甘くって、なんだかそれは優しくって、研ぎすぎてしまった神経の、切っ先を包むように柔らかかった。
 そのせいか、誰かとこんなに近くにいるのに、私は久々にどこも痛くなくって、だから、あの日のキャラメルの甘さを今でも覚えている。

 甘い甘いキャラメルをくれた深沢君のことも、覚えている。
 でも結局、深沢君ともまともに話したのはそれが最初で、最後だった。



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