熱量 (vol.2) 



 あれはいつ頃だっただろうか。
 暇を持て余していたんだから、きっともう、部活を辞めていた三年の頃。
 別に何事もなくて、ただひどく面倒だった。全てが。
 帰るのも立ち上がることすらも、そもそも日々を過ごすこと自体ひどく億劫で、机に頬っぺたをくっつけてぼんやりとしていた。
 あの頃は、理由も原因もないままにただただ不満だったことが、今よりもずっと多かった気がする。



 学校は別に好きじゃないけど、放課後の教室は結構好きだった。
 帰宅部は早々に学校を去り、運動部は元気に活動中。
 人口密度のぐっと減った校舎は大抵静かで、薄赤く染まりかけた空が綺麗に見えた。

 突然がらがらと静寂を破って、教室の後ろの引き戸が開いた。驚いて弾かれたように振り返ると、もっと驚いたような顔をした男子が戸口に立っていた。深沢君だった。

「何してんの。お前」
「別に、何も」
 答えると、気を取り直したように教室に入ってくる。
「寝てた?」
「寝てないよ」
「部活は?」
「帰宅部だもん」
 正直に言ったのに、深沢君は、一瞬気を取られたように歩調が緩んだ。
「意外だな」
「そう?」
「だって、お前、なんでも出来そうだから」
「なんでもって」
「なんでも。勉強も運動も人付き合いも先生とのやり取りも、何でも器用にこなしそうだからさ」
「そんなことないよ」

 出来なかったから、こんなところにいるというのに。そんな非難がましい目を深沢君が捉えたかどうかは分からないけれど、ま、どうでもいいけどね、という声は聞こえた。

 まったくその通り。どうでもいい、そんなこと。
 他人のことなんて特に。

 彼の無造作に突き放したような言葉が心地よくて、ゆるゆるとその視線の先を追ったら、すっかり赤く染まった夕焼けが見えた。
 やっぱり綺麗だった。


 これやるよ。深沢君が、何の脈絡もなく制服のポケットを探る。
「なに」
「手」
 言われるままに右手を出すと、ことりと何か落ちてきた。
 小さくて、まるっこい。
「何これ。飴?」
「キャラメル。疲れたら、甘いものがいいんだぞ。疲労回復と同時にイライラもストレスも軽くなるんだ」

 って、姉貴が言ってた。

 ふてくされたようにそう付け加えた様がおかしくて、ちょっと笑った。

 あの頃は、なんだか全てがめんどくさくって仕方がなかった。
 一日を初めて終わらせる。そんなことすら面倒で、かったるくって、それに結構しんどかった。

 私達はまだまだ幼くて、簡単に、残酷に、さらりと人を傷付けた。まるで気休めのように適当に。小さな子どものように無邪気に。
 しかも私達はまだ弱々しくて、小さな傷でも、致命傷のようにひどく痛んだ。普通に生きていけるのが不思議なくらいに、誰も彼もが傷だらけで。

 学校は狭く、家庭も狭く、いつだって誰かと至近距離隣り合わせで、無闇に鋭敏な神経に障っても、上手く一人になることすらできなくて。

 毎日は、殺伐としていた。ただ平凡な日常を過ごしていく、それだけのことに、ひどくくたびれていたんだ。



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