熱量 (vol.4) カツカレーの残りを食べながら、ふとそんなことを思う。 それは、私の顔が余りにも変わってないって証拠だろうか? そうだとしても。 その事実は、どうでもいいはずなのになんだか少し甘い。 あれから5年経って、私はもうあの頃みたいに、無闇にイライラしたりはしないけれど。 かわりに随分ぼんやりしてしまった。あんなに、研ぎ澄まされていたのがまるで嘘のよう。 可もなく不可もない平和な生活というのは、幸せも不幸もよく分からないってことなんだと知った。 だけどあのキャラメルの甘さを私はまだ憶えていて。 5年という月日は、長いんだか短いんだかよく分からないけれど、あの日の延長線上に確かに私はいて、そして深沢君も、そのはずで。 だから。要するに。つまり私は。 隠れていた何かが翻って鮮やかに姿を現すように、突然気が付いた。 今、私は。 今の深沢君と話がしたい。 久々に、確かな実感をもってそう思った。 これは衝動? 気が逸るような、追い立てられるような、息苦しいようなそんな気持ち。 きりきりと締め上げられるような、どこか懐かしい、むき出しの感情。 「ねぇ。あの人。どっち行った?」 唐突に、友達に聞く。早々にきつねうどんを食べ終わってぼんやりしていた彼女が緩慢に向き直る。 「え?さっきの人?え〜。左じゃない?」 律儀で親切な彼女は、困惑しながらも答えてくれる。 「何学部かな」 「さぁ。それはわかんないよ」 「ちょっと行ってくる」 「はぁ?え、ちょっと待ってよ、行くってどこに」 左の方。答えながら立ち上がって、ごめん、と、両手を合わせて素早く謝る。 「まぁ、いいけど。見つかる?だいぶ前だよ」 「うん。頑張る」 「頑張るって…いいよ。食器は。片しといてあげるから」 早く行きなよ。と、呆れながらも言ってくれた優しい友達にもう一度両手を合わせてから、私は食堂を飛び出した。 腕時計を見る。昼休み終了まであと15分。 とりあえず、学生の溜まり場になっている中庭の方を探すのがいいだろうか? そこで、誰か他学部の知り合いを見つけたら聞いてみればいい。フルネームは知っているんだ。手がかりがないわけじゃない。 昼休み終了まであと14分。 大きく深呼吸して駆け出した。 大丈夫。だって。 グリコのキャラメルは、1粒で300m。 走りながら、さっきの、真っ直ぐに届いた視線を思い出した。 何にも邪魔されず、真っ直ぐ。真っ直ぐ。 私の背は結局、あれから全然伸びなかった。膝はもう痛くはなくても、走るのに支障はなくても。 本当のところ、膝はしばらくの間相当痛かったけれど、部活を辞めなければならないほどの致命傷には至らなかった。高校に入る頃には成長期も終わっていて、膝はきっと完治していたんだと思う。 だけど私はあの時確かに、大切な何かを失くしてしまって。 情熱とか信頼とか尊敬とか希望とか。 あの頃欠かしてはならなかった何かは、気付けばあっさりとすり抜けて消えていた。 そしてまだひ弱だった私には、欠けてなお保てるだけの力もバランスも、まるで足りていなかったんだ。 私はずっと俯いたまま、バレーボールごと全てを、ずっと遠くへと押しやった。自分で、押しのけて、もう見なくてもすむように。 どう繕ったところで、ひどく好きなことに変わりはないのに。 自嘲気味に苦笑する。本当になんて子どもっぽい。 でもまぁ…仕方がないか。 確かに私は、本物の子どもだったのだから。 散らばった学生の間をすり抜けるように、狭い階段を駆け下りる。 まったく痛まない、懐かしく頼もしく力を伝える膝を好ましく思う。 バレーをやめてからずっと長く伸ばしている髪が、背中の後ろで踊るように跳ね上がる。 そういえば、こんなに懸命にスピードを上げて走ったのなんて、随分と久しぶりで。 深沢君、背、随分高くなってたな。 それはまるで、5年分の成長の証のようで。 私には何か、5年分の何かがあるかしら?今だって、何でも器用にこなせるわけではないけれど。 5年分綺麗になったかしら?髪は随分伸びたのだけれど。 何でもいい、何か。深沢君の前で真っ直ぐ、胸を張れるぐらいの、5年分の成長の証が、私にも何かないだろうか? 走りながら、深沢君を探しながら、そんなことを真剣に考えていた。 ≪END≫ BACK← サイトTOP |
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