君のため (vol.3)



 僕は彼女から受け取った指輪の会計を済ませて、ちゃんと包装して貰おうと思ったのに、横から彼女がそのままして帰るからいいと余計な事を言ったので、あのぱかっとした小さい箱を渡すというささやかな夢すら叶わなかった。
 でもそんな僕の心境など君もしない彼女は店員さんから受け取ったリングをさっそく左手に嵌めて、いつもと変わらない声でありがとうと言った。
 でもほんの少しだけ俯きがち。どうやら照れているらしい。
 珍しいなと思って僕が顔を覗き込もうとしたら、ぱっと身を翻してしまう。その子どもみたいな仕草で、付き合いが長くなってきた僕は、彼女がどうやら上機嫌である事を知って一人で笑いをかみ殺す。

 彼女は振りかえらずにどんどん進んでいくけれど、その背中は僕が着いてくることをしきりに求めていると分かっているので、僕は足を速めて彼女に追いつく。コートのポケットに突っ込んでいる左手を引っ張り出して、買ったばかりの指輪をまじまじと見ていると、彼女はまた手をポケットに戻してしまった。

「なんだよ」
「いいじゃん見なくても」
「もっかい見せて」
「やだ」

 隠してしまって見せてくれないので諦めて、僕はさっきから気になっていた疑問をぶつけてみる事にする。
「なぁ」
「なによ」
「俺、指輪とかよくわかんないけどさぁ。ふつう、彼氏から貰った指輪って薬指なんじゃないのか?」
「そうなの?」
「そうだろ?」
「まぁいいじゃん。可愛いし」

 するりと僕の手をかわして、彼女はまたひらりと踵を返す。
 軽々と逃げるような足取りに、あ、また確信犯だなと、と思う。
 どこか遠くに行ってしまわないうちに、慌ててその手を捕まえると、彼女は振り返って一瞬とても綺麗に笑った。いつもそれくらい素直でいればいいのにと思うような、てらいのない笑顔で。
 だけど一瞬だけ。またするりと逃げ出す。

 いつだって、僕の彼女は意地っ張りで、強情で生意気で勝手気ままだ。
 いつだって策略家の確信犯で、風船のように読めない動きで、そのくせ妙な行動力で、僕はいつも、ついて行くのに必死だけれど。
 勝手に一人で先に行ったくせに、人ごみの中でふいに振り返る。
 不安そうな目が左右に揺れて、僕を探して彷徨っている。
 その様が可愛かったので、合図もしないままで観察していたら、彼女が僕を見つけて少しふくれた。観察してたのがばれたのだろう。僕が追いつくのを待つことなしに、またくるりと向き直って行ってしまう。

 そうしてどうせ、しばらくしたらきっと振り返るんだ。



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