side狩野 (vol.1)



「狩野は桜井がすきなの?」

 無邪気な顔をしてなんてことを訊くのだ、と思った。

「桜井のことはみんな好きだろ?」

 辛うじてそう答えたら、納得したみたいで安心した。
 どっちかって言うと好みは相川、なんて、白々しいにも程がある軽口をたたいてみたら、田島は簡単に信じてしまった。
 まぁ。あながち嘘ではないけれど。ああいう、背の高い運動神経のいい子は嫌いではないけれど。


 嫌いではない、と、好き、の間にある何ものか、について、随分前から考えている。
 きっとひどくさり気なく、しなやかで強靭で、確かな存在感を湛えた境界だろう、と想像している。

 狩野は誰が好きなの、と、聞かれなくってよかった。
 そんな難しい事を聞かれたら、本当に答えられない。



 部室の窓からカーテンがはためくのが見えたから、桜井はまだいるのだと分かった。
 部室に鍵をかけるのはマネージャーの仕事で、妙に真面目な彼女がなんの言伝もなく職務放棄して先に帰ることはない、と知っていたのにのろのろしていた。悪いことをしたなと思う。
 着替えたりしてても困ると思って外から声をかけると、桜井はすぐに扉を空けてくれた。同時に辺りの空気が強く吹き込む。
 風に舞って散らばった紙片をざっと見ても特別急ぎの仕事とも思えなくて、つまりは時間を潰していたのだろう。

 職務を全うしようという桜井には大変申し訳ないが、ここはひとつ迅速に、職務放棄を促すとしよう。
 さっき、田島をけしかけた上でコートにひとり置き去りにしてきた。さすがにそろそろ引き揚げてくるだろうが、田島が桜井を爽やかに脅すに至るまでのやりとりを聞いてしまった以上、彼女を、今、田島に会わせたくはなかった。

 もしかしたら、何か少しは心を決めたかもしれない田島に。
 うちの大切なマネージャーを。


 無駄に傷付く必要はないんだ。誰だって。
 生きているだけで、誰しもどこかしら痛むのだから。


「もう帰ろう」
 そう言って、渋る桜井を強引に部室から連れ出した。
 鍵を返すだとかそんな些細な役目を、年中無休で律義に守らなくたって別に構わないんだ。俺は彼女の、そういう生真面目な部分を大方好ましいと思うけれど、たまに心配になる。

 グランドに目をやると、まっすぐ横切ってくる田島が見えた。
 桜井から田島が見えないような位置をとって、促すように部室棟を裏手に回った。わざとこの道を選んだことに、桜井が気付かなければいいなと思ったけれど、さすがにそれは、無理だったかもしれない。



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