雨音



 駅前のスーパーで、帰省前の荷造りに向けて大きなダンボールを貰った。
 こっちにきて3年とちょっと、そういえばあんまり帰らなかったなと思う。遠恋が終わってから更にその傾向は強まった。お盆とお正月にちらっと顔を見せに帰るくらい。長い帰省は、今回が初めてかもしれない。

 時間割と手帳を見比べて予定を決めた。授業が終わるのは七月の中頃。前期の試験は夏空けて九月。
 試験の後、後期が始まるまで、通称秋休みと呼ばれる空白期間があるけれど、夏休みの日取りは高校の時とさほど変わらない。
 バイト先のレストランは、シフトが埋まらないと判明すれば殺伐とする。下手して帰れなくなるのを危惧して、店長には早々に、大胆にも1ヵ月半の休みを申し出た。なんとか許してもらった。
 母親より少し若いくらいの女店長は、渋々といった感じに頷きながら、困ったようにため息をついていた。


「すいません」
「ええけど。珍しいね、片山さん」
「はい。最後なんです」
「そう、そうやね。もう4回生なのね」
「はい」
「ここに来たのはいつやっけ?」
「1回生の、秋ごろですかね」
「そう。もうすぐ3年も経つの。あの頃は、この娘どうなる事かと思ったけどね…早いわぁ」
「ほんとに…」
「それで、いつまでやれるの?」
「来年の、1月か2月か。それくらいですかね」
「そう…」

 店長はまた、今度は隠す素振りもなく大きく溜息をついた。

「あなたが戻ってきたら、またバイト募集の紙出すからね」
「またですか」
「またよ。それで、卒業までに、新人なんとかして」
「えー…。足りませんか?今のままで」
「足りんでしょう?あなたが抜けるんよ?最古参でしょうに。それに、つられて若子がどっとやめたら困るやない」

 店長の言葉に、思わず俯いて笑う。

「つられて、若い子が、ね」
「その辺のことも言っといてよ」
「はい、はい」
「頼んだから」
「分かりましたよー」
「だから夏はいいわ。休んで」
「ほんま、助かります」
「今やめられたら困るからね」

 私はもう一度俯いて笑った。幾らでも替えのきく学生バイト。1ヵ月半の完全休暇はさすがに、くびになってもおかしくない。破格の待遇。
 軽い口調の裏で店長はたぶん、本当にそう危ぶんだのだろう。


 時給は良くも悪くもないけれど、一応賄いが出るのが一人暮らしには嬉しくて、次のバイトを探すのも面倒に思っているうちにすっかりベテランになってしまった。店長との付き合いもすっかり長い。
 特別安くも高くもない普通のイタリアンレストランだけど、不思議なほどバイトも社員もいつかない。出入りが激しく、その割に仕事は結構煩雑。
 物凄く流行ってるとも思わないけれどランチタイムは日々戦争のようで、確かにそれなりにはきついのかもしれない。
 新人に教える手間はかかっても、覚えた頃にはもういなかったりする。結局、とある時期から教育係の任を外される暇もなく、結構な人数に仕事を教えたよなぁと思う。

「またホールが、若い子ばっかになっていいですね」
 冗談交じりにいうと、店長は素早く振り向いた。

「別にいいのよ。そんな若くなくても。うちはそういう店やないんやからね?片山さんも、就職してくれても全然構わんのよ?」

 さすがにそれは無理です。
 慌てて小さく手を振って、謹んで辞退表明した。
 


 しとしとと、絶え間なく雨は降っていた。
 着々と、準備は進む。
 きっと、滞りなく夏は来る。梅雨が明ければ、まるで、カーテンを一気に引きあけたように一面に。
 この街の梅雨は、故郷よりも一足早くあけるだろうか?
 今年も母校の地区予選は、夏が間に合わないだろうかとふと思った。


     間に合うといいのにな

 毎年、毎年、そう思う。
 グラウンドに君はいなくても。
 スタンドに私はいないけれど。



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