きらきら



 失恋したから髪を切る。なんて古風な風習は、今でもどこかに残っているだろうか。
 失恋したから髪を切る、なんて行動に出るのは恥ずかしかったからやらなかった。ただ、思い切ったことをしたくなる心境は、実感としてよく分かった。結局その気持ちがずっとくすぶっていて消えないままで、仕方がないから、成人式を待ってから実行に移した。

 ずっと、生まれてから、ハサミ以外の余計な手を加えたことのなかった髪は、結構綺麗だったと自分でも思う。生まれつき少し、茶色がかっていたけれど、くせのない、割とはりのある髪は、大抵長く伸ばしていた。
 明るくしてください、と初めて言った時、大袈裟だとは思うけれど、大事にしてきたものを壊すような気がした。無口になるほど緊張したのに、季節が冬だったせいか、あんまり変われなかった。
 
 本当は、こんなにまでするつもりなんかはなかったのだけれど。
 エスカレートするのは、笑っちゃうくらいに早かった。それから何度か美容院に行って、次の夏のさなかの頃には、私はだいぶ金髪に近かった。
 鏡の中から見返す瞳は、見知らぬものを見るように不思議そうだった。これは誰だろう。私だろうか。首を傾げると、同時に鏡の中の姿も傾げたので、やっぱり私だろうと思った。
 なんだかおかしくて笑った。地元に帰っても、もしかしたら誰にも気付かれないかもしれないな。そう思うと、おかしくて、少し泣きそうになった。
 ああ、でも、こんな頭じゃ実家には帰れない。そう思って、やっぱり俯いて独りで笑った。


 それから2年くらいが経つけれど、私の髪はおおむね金色っぽい。まるで知らなかったけれど、一度ここまで明るくしてしまうと、色を入れても退色が早いのだ。特に私の髪質は、染まりやすく、落ちやすいらしい。時々元に戻ってみようと思って濃い色に染めても、するりとすり抜けるようにすぐに、金色に戻った。
 幸いというかなんと言うか。この街でも、私の周りでも、明るい髪は流行っていたから、さほど浮いたりはしない。校則からも世間体からも切り離された大学生が、ひどく自由で奔放で、無防備なだけなのかもしれないけれど。

 あれこれと髪をいじるのが、前よりもずっと好きになった。私は気まぐれに切ったり伸ばしたり、パーマをかけたりを繰り返している。
 淡い色の髪がきらきらと日に透ける。その様は、それはそれで、結構綺麗だと思う。
 当然髪は傷んだし、前みたいに滑らかに揺れたりはしなかったけれど、もう、もったいないとは思わない。もう、大事にしてきたものは壊してしまったのだ。もう何も、惜しむべきものは残っていない。



 空が青く青く透き通っていたのはほんのひと時。いつの間にか厚く雲が覆って、弱い雨が街を包んだ。故郷の梅雨は冷たかったけれど、この街の梅雨は妙に生暖かい。
 長袖を羽織るとじきにじっとりと蒸し暑くなり、脱ぐと少し肌寒い。気密性の高いマンションの1室は、締め切れば暑く寝苦しく、開け放つには気温が低い。
 体温調節に失敗して少し体調を崩すのも、いつものことだ。
 私はぼんやりと大学に通い、友達と会って談笑して、開き時間にはすすんでバイトを入れた。
 それなりの頻度で時田君と遊びに行って、彼がそのまま家に泊まっていく事もあったし、そのまま帰ることもあった。

 天気は悪くても、日々はひどく順調、平和。

 梅雨は好きではないけれど、余りにも平穏なので、このまま夏が来なくてもいい、と、時々思ったりもする。



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