未来



 物がほしかったのだ。何か、重たく意味を秘めた物体が。
 どれほど些細で安っぽくても構わない。その意味を、知っているのは自分だけでも構わない。そう、くれたその本人さえ、その意味の重さには気付いていなかったかもしれない。
 でもそれでもいいと思った。構わないと思った。

 縛りたかったのは自分のことだ。自分で乗せた重みに、つながれてじっと動けないようにしたかった。
 ひどく不安定だったのだ。寄る辺ないほどに。
 言葉を変えれば、そう。

 私は生まれてはじめて、ひどく自由だった。
 自分でも驚くくらいに、どこまでも行けてしまうほど軽やかに。


 私は確かに望んでいたし、自力で真っ直ぐに掴み取ったのだ。
 私には、切り離してしまいたい息苦しい様々が絡んでいたし、そろそろそれも限界だった。
 とりあえず遠くに行きたかった。だから遠くの大学を選んだ。誰からも疑問や反対を受けなくてもいい程度の高い目標を掲げて、賭けに出たのだ。
 勝負だと思った。勝負は勝ちに行かなくては。

 可能性はなくはないけれどもいたって低かった。低かったけれども気にしなかった。
 気に病まなかったわけでは決してない。私は鬱々と泣いたりもしたし、噛み締めた唇を切ったりもしてみた。それでも遠くの街に描いた未来は鮮やかに明るく、躊躇いはなかった。

 遠くに行きたかった。本当に私は、ずっと遠くに行きたかった。

 一緒に行けるなどという甘い夢は、まるで見なかったといえば嘘になるけれど。
 一度くらい、冗談のように、一緒に行こうよと誘ったかもしれない。でも、無理だと知っていた。それは単なる身勝手なのだということは、ちゃんと、分かっていたのだ。
 ずっとずっと、一緒にいたいと心から願っていた。本当に、一緒にいられたならどんなにいいだろう。何も問題ないように思えた。
 ずっとずっと一緒にいられるのならば、壊れることなどありえないように思えた。

 ずっとずっと、一緒にいられるのならば。


 結局のところ私は、両天秤にかけたのだ。
 そして、この街を出て行くことのほうを選んだのだ。
 例え離れてしまっても、私たちは大丈夫、と。希望的観測で目隠しをするようにして。
 100%信じていたわけではない、としても。信じきっているふりはして。
 信じたかった未来というのはいつだって、直視できないほどに儚くて脆いものだろうか。


 19になる前の早い春。
 重石のように、契約のように、私をしっかりと繋ぎとめてくれますようにと、銀色の指輪を左手に嵌めた。
 そして、ハタチになる前の春に。
 一人きりの部屋でそっと外した。1年間で、指輪には無数の傷が付いていた。左手の薬指には、薄っすらとした後が残った。でも、それだけ。

 机の引き出しの片隅に、そっと落とした。かたり、と、鳴ったひそやかな音とともに、仕舞い込むように引き出しを閉じた。封印。



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