side田島 (vol.6) 「帰らないの?」 いつの間にかそばに来ていた相川は、ジャージから着替えてすっかり帰り支度を整えていた。 「待ってたんだよ、お前のこと」 「着替えないの?」 見上げた相川の顔は、いつもと変わりないように見えた。頬にも 目にも、泣いた形跡がないことを確かめる。 「お前、また振られたろう」 「なんでしってんの。見てた?」 「見てねーよ。それくらいバレバレなんだよ」 「なにそれー」 俺達はもうだいぶ長い付き合いで、だから大抵のことは、普通よりもちょっと少ない言葉で足りる。 だけど、それだけでは伝わらないことは確かにあって しかも、伝えられないでいるうちに余りにも大きくなってしまって。 今更、途方に暮れる。 どんなに言葉を選んでも、尽くしても、もう、ありのまま正しくは伝えられないんじゃないか? そう思うたびに、怖くて何も言えなかった。ずっと。 無言で右腕をさしだすと、相川も何も言わずに手をとって引きあげてくれる。 反動をつけて立ち上がる。その瞬間、このまま手を離さずに、引き寄せて抱きしめてキスなんかしたらどうなるんだろう、と、思った。 それは魅力的な想像だったけれど、覗き込んだ目が無邪気に不思議そうに笑ったので、堪え難くなってやめておいた。 がーっと押して押して落とすなんて、いきなりそんなの俺には無理だ。 たとえ相川が、安心しきってるだけだとしても。 この状態ですら精一杯なのに。 掴んでいた右手をそっと離す。 「お前の手って、意外と華奢なんだな」 「はぁ?何急に」 「いや別に。かわいいなぁと思ってさ」 「だ、大丈夫か?」 「何が?」 「なんか変だよ」 「変じゃないよ」 いつだって俺は、そう思ってたよ。ただずっと、言わなかっただけなんだ。 面と向かうのが恐くて。ずっと隣り合わせに並んでいたくて。 確かめたくなかったんだ。 相川の本心も。 相川の瞳に映る自分の本心も。 「お前。今日はチャリ?」 「今日は歩き」 「じゃぁ送ってやるから。駐輪場で待ってな。俺、着替えてくるから」 相川が頷いて、踵を返して歩いていく。 後姿は見慣れたもので、いつの間にか追い越していた身長差を、何となく複雑な気分で見送っていた。 いつだったかようやく背丈が並んだ時、俺はまだ相川のことなんて意識していなかったけれど。視線の位置が変わるに従って、色んなものがよく見えるようになって。 いつの間にか自分よりも小さくなっていた相川が、ひどく欠けがえがないと気付いてしまって。 その感情は、甘く優しく。 禁断の果実のように、気付いてしまえば最後、なかったことにはもう出来ない。 ただ、親しげに無邪気に寄せられる信頼も手放したくなくて。 ずっとただじっと、そのまま動けずにいたんだ。 ただ、それを知られたらもう、側にはいられないような気がして恐かったんだ。 偽善者でも何でもよかった。ずっと近くにいられるなら何だってなる。と、思っていたのに。 まさか、耐えられなくなるなんて馬鹿みたいだな。 人間はよくばりだ。 その望みに果てはなく、ずっと。 いつの間にか、全てを手に入れたくなってしまう。 そばにいられればそれでいい、と。 その願いに嘘なんてなかったのに。もう。 相川が、誰かに泣かされるのなんて見たくはないけど。同じくらい。 誰かの隣で幸せそうな姿も、見たくないんだ。 |
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