side田島 (vol.4)



 ざっと、擦れるような音がして、狩野が勢いをつけて起き上がった。見渡せば他の部員はとっくに引き上げてしまっていて、コートには俺たち二人しか残っていなかった。

「田島、いい加減、帰ろうぜ」
「俺、今日待ち合わせなんだわ」
「誰と」
「だから、あれ」
 さっき見えた辺りに適当に遠くを指差したけど、相川はもう走り去ってしまっていなかった。

「何でまた。別に何でもいいけどさぁ」
 狩野がかすかに首を傾げる。
「あー。なんかな、今日告白してるはずなんだわ」
「はぁ?誰に」
「よう知らん。よう知らんけど、誰か、3年?」
「で、なんでお前が待ち合わせなわけ?」
「しらねぇよ。うまくいったなら喜びの声を。玉砕したなら涙の訴えを。話したいんだろ」
「……相川ってそういうタイプなの」
「結構ね」
「で、お前がそれを聞くの」
「だいたいな」
「お前、真性のばかだろう」
 大きく溜息をついて、狩野が隣で頭を抱えた。

     うなだれたいのは俺だって……

 そう思いながら、自分の代わりに誰かが滅入ってくれるのは、随分と救われるもんだなと思った。俺はもう、ストレートに表に出すわけにはいかないから。
 俯いた狩野の頭を、ぼんやりと懐かしい気持ちで見ていた。


「たじまー」
 甲高くはないよく通る声。目を上げるといつの間に戻ってきたのか、グラウンドの向こう側で、相川が大きく手を振っていた。

「呼んでるぞ」
「あぁ…たぶん。振られたんだろ。明るいから」
「何だそれ。よく分かるな。普通逆だろう?」
「ずっと見てきたからなぁ。あいつあれで、案外惚れっぽいんだよ」
 釈然としないといった狩野の横顔を横目に見ながら、俺は小さく右手を上げて相川に返した。
「もう上がるからー」
 振られたはずの相川が無駄な虚勢を張って明るく叫んで、綺麗なフォームでまた走っていく。

 落ち込んでいないか傷ついていないか心配な半面で、俺は、今回も相川の恋路がうまく行かなかった事に安堵する。その相反する感情の狭間は暗くて狭くて不安定で、いっそどちらかに傾いてくれればいいのにと願うのに、俺は自分から迷い込むようにいつも、気付けば入り込んでしまう。

 相川の色恋話はこれまでもさんざん聞いたけれど、たまにうまく言って付き合ってもそれも束の間で、今までうまく壊れてくれたから、俺はずっと、幼馴染のような保護者のような顔をしてそばにいられた。相川は失恋したときは必ず寄ってくるので、時々、ほんの時々、彼女の不幸を心待ちにしていたりする。

     不健全だな…まったく

 どうしてこんなところに嵌まり込んでしまったのか。どうしていつまでも繰り返しているのか。
 考えるけれど分からずじまいで、でもきっと、俺は生涯、自分から手を放すことは出来ないだろう。

 幸せになってもらいたい。だけど離れていかないで欲しい。
 幸せにしてやりたい。だけど選んでもらえない。
 ずーっとそうやって来た。
 ずーっとこのままやっていけると思っていた。
 だけど最近。何が変わったかなんて少しも分からないのに。
 時々、相川のことが、直視できないほど眩しく見えて。だから。
 そろそろ限界なんだ。ほんとに。

「なぁ狩野。まじで相川と付き合ってくんない?」
 さり気なく。懇願に近かった。
 どこかの誰か知らない奴に連れ去られるくらいなら。

     狩野ならいいな…

 偽善者な上に身勝手で、俺は本当にどうしようもないけれど。



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