side田島 (vol.3)



「気まずくなったらお前が辞めろよな」
 タオルの下から、狩野が唐突に言った。
「うわ。ひでぇ」
「当たり前だろう?桜井を辞めさせたら承知しねぇからな」
「分かってるよ」

 桜井はしっかりしたいい奴だから、きっと辞めたりはしないでくれるだろう。だから俺も、部から追い出される事はないだろう。
 俺はまだ狩野やみんなと一緒にいることができるだろう。
 そのことに、溜息をつくように安堵する。
 一人にはなりたくない。
 唯一絶対の存在を、俺はきっと手に入れることは出来ないから。
 確固たる居場所が欲しい。無条件で許される場所が。
 そんなことを考える俺はやっぱり、偽善者なのだろう。


「狩野ってもしかして、桜井が好きなの?」
「桜井の事はみんな好きだろ?」
「そうかな」
「そうだろ?気がきく上に仕事も早いマネージャー。申し分ない」
「だよなぁ」
「あいつがいなかったらって、考えただけでぞっとする。まず間違いなく部室にゴキブリがわく」
「ああ…確かに…」
「みんな、桜井の事は頼りにしてる。信用してる。みんな好きだよ」

 狩野の言うとおりだ、と思う。
 桜井は本当に、マネージャーとしては申し分ない。だけじゃなく。
 普通の同級生としても結構申し分ない。
 俺だって。
 好きか嫌いかって二択で聞かれたら好きだと言うだろう。
 嫌いなわけはないんだ。ただ。
 もしいつか桜井に好きだといわれたら、なんと言ってかわそう、とか、実はそんなことを考えている。
 なるべく傷付けたくないなんて、傲慢なことまで願ってる。
 ああだから。やっぱり言わせてはだめだ。
 桜井にはそんなこと、言わせたらだめだ。
 その前に。もしかしたらやっぱり俺は、部を辞めなくちゃならないだろうか?
 もっと脅さなくっちゃダメかな…偽善者じゃなくって、最低、とか言われるくらい。

 なんてな、ほんと最低だな、俺……
 桜井は何一つ悪くないのに。
 片膝を立てて、きつく抱え込む。コートから見上げる空が不必要に広すぎて、遠すぎて、蹲るように下を向いた。


 もしも相川に。
 好きだと言われるためならなんだってするのに。
 ずっと近くにいるためにはどうしたらいいのだろう。
 ずっと、一番近くにいるためには。
 どうしても手に入らないのなら、永遠と見守っていこうと決めていたその決意は、確かなものだったけれど、でも。
 いつまでもつのか、最近時々不安になる。
 相川があんまり綺麗に走って、その姿が、焼きついてずっと離れないからだ。

「なぁ狩野。お前、桜井と付き合ってよ」
「なんだそれ」
「狩野だったら、いいと思うんだ。滝ほど純粋じゃないけど」
「何で俺が、お前の安心のために付き合わなくっちゃならないんだよ」
「彼女がいるといないとでは雲泥の差なんだろ?」
「桜井になんやかんや様々しろってか」
「だから狩野、それ下世話だってば」
「だいたい滝と比べんな。あいつは何ていうかー…ちょっと天然記念物だよ」

 控えめに笑う。俺も狩野も。なんだかどうしようもない事が分かっている。
「実を言うとね、俺、桜井よりも相川のほうが好みだぞ」
 狩野が意外なことを言うので少し驚いた。
 驚いたけど、それでもいいか、と、思った。だって狩野はすごく、いい奴だから。


「じゃぁ、相川と付き合ってよ」

 何だそれ。狩野がかなり呆れた顔をする。何度か瞬くを繰り返して真意を確かめようとする。
「お前、相当、参ってんだなぁ」

 その通り。
 俺は相当参っている。
 いまにもふつりと切れてしまいそうなほど、磨り減っている。
 だけど。俺がだめになったらきっと。簡単に誰かを、傷付けてしまうから。
 まだだめだ。もう少し。せめて卒業まであと1年ちょっと。


 そのあとの事は知らない。
 その頃、俺がどんな選択をするのか、さっぱり見当がつかない。
 けれどたぶん。
 俺は結構、ひどいことを淡々と出来るタイプなんじゃないか、と思う。
 その想像が妙にリアルで、俺は消えたくなるほど暗澹とした気分になる。





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