side田島 (vol.2)



「ばーか脅すな」
 パシリと後頭部をはたかれた。
「貴重なマネージャーだぞ。来なくなっちゃったらどうするんだよ」
 振り返ると狩野が、タオルを振り回しながら呆れた顔で立っていた。
「見てた?」
「見てたよ。お前が優しげな顔で呼び止めるのも、凶悪な笑顔で脅すのも一部始終」
「脅してねぇよ」
 どーだかねぇ…狩野はつぶやきながら隣にやってくるとどさっと地べたに座り込む。それに倣って俺も、コートに足を投げ出した。

「何が不満なの。桜井の」
「別に」
「そんなことばっかやってると、お前、部内で反感かうよ?」
「わかってるよ。分かってるけどさ」

 分かっているだけでどうしようもない事なんて、世の中腐るほどたくさんある。沢山あって、どれも陳腐で、いい訳すらめんどくさいと思うのに、狩野は黙って先を促した。

「桜井にはさ、もっと、真っ直ぐまともな奴が似合うと思わねぇ?俺なんかじゃなくってさ」
「なんだそれ。どんなの」
「3組の、滝みたいなんとか」
「滝?だってあいつ彼女いるだろう。相当有名な」
「うん。だけど。とにかく。俺なんか見ないほうがいいんだよ」

 もっと綺麗で、正しくて明るくて。そういうものばかり見ていてくれればいいと思う。そして。できることなら。
 ずっと綺麗なままでいてくれればいいと思う。
 そういう道を、選んでもいいはずだ、桜井は。


「俺にしてみたらお前だって、相当潔癖だと思うけどな」
 そう不思議そうにいう狩野の言葉のほうが、俺にはよっぽど不思議だった。
「どこがー?」
「俺だったら付き合うなー。桜井だったら。だってお前、高校時代なんて、彼女いるかいないかで雲泥の差だぜ?充実度」
「充実度ってなんだよ」
「なんやかんや様々」
「下世話だなぁ狩野は」
「どっちがだ。何想像してんだ」
 狩野が笑う。低く抑えの効いた感情も会話もひどく居心地が良くて、だから俺はこの友人を好きだと思う。

 いいやつだ。狩野は。
 そうだ。狩野だっていい。狩野ならきっと桜井の真っ直ぐな部分を、しっかりと守ってくれるだろう。

「あ…あれ」
 目を上げると、狩野がテニスコートに隣接したグラウンドの、遠い端を指差していた。
「ああ…」
「ほんっとに、きれーに走るなー。相川は」
「だろ?」
「だから目が離せないってか?」

 狩野がにやにやと笑う。
 なんだ。こいつにもばればれなのか。なーんだ。俺。相当間抜けじゃん。
 からかうような軽い調子で、でもきっと心配されてるんだろうなと思う。
 狩野のこういう優しさはいつも身に染みて、そしてなんだか申し訳ない気分になる。
 俺なんてはまったく、心配してもらえるほどの価値なんてない気がする。

「俺だってさ、桜井はいいと思うよ。もしかして今が数年後とかだったら付き合うかもしれないけど」

 だけど、そういいながら、自然と目だけは相川の姿を追っている。
 そんな自分が、我ながらとことんしょうもない奴だと分かってはいるけど。


 例えばもうあと何年か経ったら。
 どうなるかなんて分からないけど。
 だけど今はまだ。
 あいつがまだ目の届く範囲にいるから。
 いつかきっと、届かなくなるだろう事は分かっているから。
 だから今はまだ。


「お前と相川って、なんだっけ」
「腐れ縁、ただの」
「告白は?」
「してないよ」

 今までも。たぶん。これからも。
 俺は出来るだけ長く、あいつのそばにいたいと思う。
 ただの安全パイでも構わないから。
 できるだけ長く見ていたいと思う。
 空気のような存在でも構わないから。

「なんだか痛々しいねぇ」
 狩野は笑って、コートにごろりと寝転がった。
 まだ空に残る日差しが眩しいのか、タオルに隠された表情は見えないけれど。
 俺は片膝を抱えたままずっと、遠くを走る相川を見ていた。
 なめらかに無駄のない動きは、音もなく吹きぬける風みたいだ、と。
 いつもと同じように、思っていた。





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