side桜井 (vol.2)



 彼女は前の籠に荷物を積んで、でも自転車の横に佇んでいた。

     待ち合わせ、か。……田島君と

 どうせいつだって彼の行動は私とはまるで関係がないのだ。いつだって。
 この人のためなのだから。

     田島君のこと、好きでもなんでもないくせに
     なんで独り占めなんかするのよ

 そう思ったところで、不意打ちのように肩を叩かれた。びっくりした。
 思考が暴走しそうになってたことには、そのときようやく気付いた。


「俺は今日はお好み焼きの気分なんですけど」

 見上げた狩野君は、いつもみたいに笑っていた。
 そつなく、感じよく、はかったように同じだけ。

「うん。いいよ。行こう」
「じゃあ、ついてきて」

 そう言ってまた少し目を細めて、狩野君は滑らかに走りだす。
 狩野君と、二人で帰ったことなんかないなぁと思いながら、慌ててその背中を追いかけた。

 駐輪場から校門を抜けて住宅地から商店街に入る。歩道もない狭い道。
 さっきまであんなに饒舌だったのに、狩野君はずっと黙ったままだった。振り返りもしない。けれど抑制の効いたスピードは速すぎも遅すぎもしなくてたぶん、私に合わせてくれていた。
 変わらない距離で、右斜め前にある狩野君の背中。
 すぐ右横をスピードを上げた車が追い抜いていって、初めて狩野君がちょっとだけ振り向いた。

 危なくないよう庇われていたということに、そのときやっと気が付いた。それから、さっきからの一連の言動も全て。
 ずっと、必要以上に傷つくことのないように、庇っていてくれたんだと気が付いた。

 この人は優しいんだ。なんだか油断ならないけど、何考えてんだかわからないけど。

 でも優しいんだ。すごく。

 前を行く背中は無言のままで、まっすぐ風を切ってどんどん行ってしまうけど。

 とりあえず今は、ついて行こう。
 狩野君が向けてくれたさりげない優しさに、応えなければ。せめて。
 止まることなく。
 振り返ることなく。

 夕焼けに染まる道を駅の方に向けて走る。すっかり下校が遅くなったせいで、見知った顔はさっぱりいなかった。遅れないように狩野君の後を追う。
 狩野君は、振り向かない。
 どこまで行くとかどんな店だとかも、まるで説明してはくれないけれど。

 この人がつれてってくれるお好み焼きは、きっと美味しいのだろうな、と。
 なんとなく、平かな気持ちで考えていた。



―side 桜井― ≪END≫



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