指輪



 薬指に指輪をしている、ということの意味が、僕にはまだ実感としてよく分からない。
 よく分からないけれど、片山さんがいつもしている薬指の細い指輪が、僕は妙に気になってしまう。


「なぁ〜兄貴さー」

 僕は最近めっきり会わない大学生の兄貴を、部屋の前で捕まえた。今日も遅いご帰宅。バイトなのかコンパなのかデートなのかなんなのか、大学生の生態は謎に満ちている。

「なんだよ。変な声出して」
「女の子が指輪してるのってさーどういう意味?」
「はぁ?別に意味なんてないんじゃないの?飾りもんだろ?」
「こう、薬指にさーいつもしてるんだけど。それって彼氏いますってこと?」
「何?クラスの子?」
「ちげーよ。たぶん、大学生」
「ほー」

 兄貴はニヤニヤしてこっちを向き直った。やばい。奴は完全に面白がっている。

「ほー、じゃなくって。まぁいいや。なんでもね。じゃぁな」
「大学生ねぇ、まぁ、可能性はなくはないってとこじゃん?」
「え?」
「だから、彼氏がいるかもしれないし、いないかもしれない」
「わかんねぇじゃん」
「当たり前だろ。知りたきゃ聞けばいいだろうが。彼氏いるんですかって」

 そんなこと聞けたら苦労はないのだ。まったく。分かってて弟をいたぶりやがって…
 兄貴に聞いたのが間違いだったのか。人選ミスか…でも他に大学生と言ったら滝先輩くらいしか僕は知らない。
 そういえば、滝先輩と兄貴は同じ代なんだよな、御園の。随分雰囲気が違うけれど。
 先輩のあの無邪気な明るさに比べて、兄貴のこの淡々とした醒め方はなんだろう。

「まぁ。俺だったら指輪がどうとかなんて気にしないけどな。その程度で引き下がれるなら迷いもしないし。悩みもしないし」

 兄貴の言葉が予想外でちょっとびっくりして、違うところに飛びそうになった思考を慌てて繋ぎとめる。
 いつも飄々としてる兄貴の事も、僕は実はよく知らない気がする。

「なぁ。兄貴ってさ、彼女いるの」
「さぁ」
「今まで何人?」
「じゃぁお前は?まぁいないの知ってるけど。指輪が気になるなら対抗して贈ったらいいじゃん?」
「あーーー、もういい。じゃあな」

 やっぱり兄貴は兄貴だった。いやな事をあっさり言う。そんなこと出来るわけねぇだろうがっ。
 にやけてる顔を無視して背を向ける。背後から、頑張れよー受験生というふざけた声が聞こえてきて余計頭にくる。

 なんだって、みんな、同じ事しか言わないんだ。



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