それから



 翌日から確かに彼女は来なくなった。本当に帰ってしまったのだろうか。僕は携帯の番号すら聞いておかなかったので、彼女と連絡をつける術が何もなかった。
 図書館に行く理由もなくなってしまったけれど、僕は習慣のように、予備校が終わると図書館に行った。窓際の一番奥の机では、時々見知らぬ人が僕の向かい側に座ったりした。

 そうこうしているうちにあっという間に二学期は始まって、僕は随分ゆっくりしたペースで学校生活のことを思い出した。九月に入ってもしばらくの間ひどい残暑が続いたけれど、10月になる直前にはすとんと秋がやってきた。
 まるで舞台の場面転換のように、あっさりときっぱりとした秋の到来だった。

 僕は、僕のこころを占めていたものがふいにまるごと目の前からいなくなってしまったので、仕方がないから闇雲に勉強ばかりしていた。特にほかに気をとられることなんか現れなかったからだ。
 その結果妙な具合に僕の偏差値は上がってしまって、どうやらこのままいけば浪人は免れる気がする。

 人生、何がどう作用するかさっぱり分からない。

 とりあえず志望校ぐらい定めてみようと思って、僕は結局、片山さんの大学を聞かないままだったなと思い出す。まさか後を追って受験するなんて事はしないけど、やっぱりそれくらいは、聞いておけばよかったかもしれない。
 僕は片山さんのことを相変わらず何も知らないままで、だから、なんだかこのごろ、あれは絵空事だったのではないかという気がするときがある。
 不安定な印象の中で、彼女はいつも軽々とふざけて、そして少しだけ淋しそうに笑っている。

 携帯の番号も大学も、兄貴や先輩に聞けばあっさりと分かるのかもしれない。けれど、このままでいい、とどこかで思う。片山さんはこのまま何の実体も伴わないままで、あの強烈に暑かった夏のとともに、僕の記憶にだけ焼きついていればいい。


 日々はどんどん過ぎてゆく。
 夏はどんどん遠ざかっていく。
 気温が下がり、風が冷たくなって、冬に向かって転がりだす季節の中で。
 曖昧な記憶が、曖昧なまま、紛れて輪郭を失うのもそう遠くないのかもしれない。

 あれほど鮮烈だった日々だけど。
 僕はどこかで諦めている。
 変らないものなんてありえない。
 永遠なんてありえないのだ。



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