追憶



 滝と別れた片山は、すっかり遠い人になってしまった。帰ってきたという噂も聞こえてこないから、きっとほとんど帰ってきてなかったんだと思う。
 惨酷な正確さで時間だけが淀みなくめぐり、結局滝とも疎遠になってしまった。俺は俺で、大学に馴染むにしたがってサークルやゼミやらで忙しくなっていったし、滝は滝で、1浪して俺とは違う地元の大学に入って、慌しく浮き足立ったような日々を送っていたのだろう。

 俺たちはめったに会わなくなり、連絡も取らなくなり、そして、気付けば話す内容すら思いつかなかった。
 記憶の中で高校時代は遠く遠く彼方に押しやられ、目の前の大学生活はぞれまでに比べればずっと自由で、軽やかで愉快で、何故か平べったいものだった。
 ふと我に返った瞬間には孤独の形が見えてしまう、そんなことが、不思議に理由もなく分かっていて、だからなるべく目をそらしていた。
 大学には自分の座席もなく、部室もなく、寄る辺がないままで、ただ何も気にしなければ楽しい日々だった。


 片山の事は、めったに思い出さない。
 俺はそれから何人かと付き合って別れて、だからといって大きく傷つくこともなく、日々は淡々と繰り返されていた。
 自覚のないままにまたいつの間にか卒業は迫り、波に乗るようにして就職活動をして、きっと俺は、卒業したらこの街を出るだろう。

 特別な感慨は何もない。予想通り、遠ざかってしまった高校時代の友人との距離を、今更嘆く事もできず、平和だった大学時代の友人たちには、さほど執着がないのだと分かっていた。
 格別一人きりではない。携帯のメモリを手繰れば簡単に誰かを呼び出して飲みにも行ける。
 それでも俺は、孤独というものの輪郭は知っているような気がしていた。
 なるべく見ないようにしてきた、これからもそうするだろう。


 理由のない連帯のようなものは、もう無くなってしまったんだな。

 ほんの時々、想い出に浸ってみたくなって目を閉じる。
 瞼の裏に浮かぶ様々な記憶の中に、風になびく綺麗な髪の映像があることを否定しきれずに、俺は苦笑してしまう。
 視界を横切っていく、自転車の後輪に立って風に乗って舞う綺麗な長い髪。振り返って手を振る片山の幸せそうな顔と、自転車を漕ぐ滝の照れたように歪んだ横顔。

 ああやっぱり、あの二人は俺の希望だったのだ、と思う。
 ずっと一緒にいてくれたらいい、俺はそう願っていた。
 本当に、こころからそう願っていたんだ。


 俺たちは遠く遠く離れていく。
 加速度をつけて。放射状に。
 もう二度と、隣り合う事はないだろう。ただ離れていくばかりの関係で。
 確かにあの頃、同じ場所にいたのだということも、いつの日か忘れてしまうだろうか。
 あれほど鮮烈だった日々を、忘れてしまう日が来るのだろうか。
 自分が、忘れたくないと、思っているのかどうかすら分からない。わからないけれど。

 今はまだ、彼女の笑顔を覚えている。
 張り詰めたような気になる視線も、曖昧に笑って佇んでいたことも、振り返った彼女のことも、憶えている。



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