あの秋 あの秋、それが何で滝だったのか、みんな分からなかったし、いまだに分からないだろう。 滝が片山に夢中だったのは知ってる、というか、はたから見て一目瞭然だったから、別に不思議はない。けれど、片山がそう簡単にOKするとは思えなかったのに。 片山は結局、クラスの男子の半分くらいの好意を集め、更にその半分くらいは好きだと自覚していただろうし、2人くらいは告白していたと思う。 でもそれだけだった。 彼女が誰かと付き合っているという噂はなかったし、誰かを好きだという噂もなかった。何となく、何となく、そういう存在として定着してきた時期だった。 その矢先、そういう雰囲気を読むのが実に苦手な滝が突然、俺、告白するわ、と言い出して、しばらく手紙を書いたり破ったり、シチュエーションを考えたりしていたけれど、結局作戦も何も上手く立たなかったようだ。 結局、下校途中に真っ直ぐ行って呼び止めて、近くの公園のベンチに座って、これまたただ真っ直ぐに、好きだから付き合って欲しいと言って、その場でOKを取り付けたらしい。 その晩興奮して電話してきた滝の言葉を聞きながら、俺はびっくりしてぼんやりしてしまった。哀しいとか悔しいと言う感情は、面白いほど何もなかった。 「片山なんて?」 「どうしてって聞かれた」 「で?」 「笑った顔が可愛いからって」 「言ったのお前?」 「言った。だから笑って欲しいって言った」 俺は受話器を持ったまましばらく言葉を失っていた。滝は凄いかもしれないと初めて思った。 俺だったら、笑って欲しいなんて恥ずかしくってきっと言えない。それも告白の言葉で。 それを滝は、きっと大真面目な顔で言ってのけたんだろう。 「で、片山は?」 「分かったって。じゃぁまた明日って。チャリのとこで待ってるって。なぁ、竹田ー。やっぱ笑った顔あいつすっげーー可愛い」 上手く言葉が返せなかった。ショック、じゃないわけじゃないけど。でもほんとに、悔しいとかむかつくとかいう感情は欠落していたんだ。 俺はぼんやりと考えていた。 あの頃はただ不思議でしょうがなかった。だけど今なら少し分かる。分かるような気がする。 片山が欲しかったのは、馬鹿馬鹿しいくらい分かりやすい好意だったかもしれない。 真っ直ぐで、明白で、打算も計算もないような。 かけらも裏なんかないような。 だってきっと片山には傷があったのだ、と、ようやく分かるようになったのは、二人が別れてからずっと後のことだけれど。 |
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