絶対零度



 片山は、さほど目立つ要素のないような普通の生徒だった。
 それなのに、ひどく有名な人だった。
 それは、滝と付き合う前も後もさほど変わらなかったから、それが原因なのではないと思う。

 明るくて不真面目で頭が良くて適当。

 なんなんだそれは、というようなまるで食い違う形容詞だけれど、何故だかしっくりと併せ持っているような人だった。

 可愛くないわけじゃない、とは思うけど、世の中可愛い人なんてのはたくさんいる。クラスにも学年にも片山より可愛い顔をした子はいたし、目を見張るようなスタイルの子もいれば、驚くほどセンスのいい子もいた。
 だから片山は、さほど特別ではなかったと思う。
 思うけれど、彼女には何か気にかかる要素があった。でもそれはいわゆる、守ってあげたい気にさせる、とか言うものではまったくなくて。

 もっと、もっと神経に近い部分を一瞬掠めるような。

 当時俺たちはまだまだただのガキで、それがなんだか分からなかった。
 分からなかったけど、何かが気になって、妙に気に障って振り返る。と、そこには何故だか片山がいる。そういう感じ。

 今なら分かる。それはなんていうか、傷痕や不信や警戒といった、なにか張り詰めた要素だった。
 彼女は明るく、ノリもよく、適当にさばけていて付き合いやすい人だったけど、どこかに絶対零度の一線を持っていた。
 俺はその気配だけを感じて振り返るけれど、そこにはそつなく笑う彼女がいるだけだった。

 何かがあったのだろう、きっと過去には。それは、言葉にしてみればほんの些細な出来事なのかもしれない。
 それでもどこかが傷ついていたのだろう。


 目に見える傷口は例えなんてことないかすり傷に見えたとしても、傷は必ず痛みを伴うのだ。

 必ず、本人だけが感じる痛みを、何も知らない他人が、気のせいだとは笑い飛ばせない。


 彼女は賢く、用心深く、恙無い日々をきっと必死で手繰っていた。
 軽やかな日々に紛れてほんの一瞬だけ掠める翳。

 彼女は決して、まばゆいばかりに輝いた人ではなかった。
 けれど、彼女の持っていたギャップは、その正体に気付かせないままで、ひどく人をひきつけた。


 彼女は有名な人だった。誰も、振り返る意味に気付けないままに。
 彼女は気になる人だった。それは、俺も、例外ではなく。



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