冬の間



 ふと気が付けば、知らぬまに随分寒かった。
 見上げた空は張り詰めていた。
 頬をさらった風は冷たくて、マフラーをきつく巻きなおす。
 そういえば、いつの間に出したんだっけな、このマフラー。
 ぼんやりしていた。息苦しいはず日々はでも何故か、不思議なほどに淡々と過ぎている。

 最近は、季節の区切りが曖昧だ。
 ハロウィンだといって街中がかぼちゃに溢れかえっていたかと思えば、11月に入ったとたんにクリスマスカラーにはっきりと染めかわった。
 イベント好きな街はいつも過剰に自分を飾る。過剰で、そして気が早い。待たされる時間ばかり長くて、余韻に浸る暇はなく、季節は次々に移っていく。
 11月のクリスマスはさすがに早すぎると彼女は呆れていたけれど、12月に入って僕たちの街のツリーにも灯が燈ると、今年は早めに見に行こうと、僕を誘った。
 僕たちは授業が終わると、いつもの図書室はパスして学校の傍のファミレスでココアを飲んで、それからほんの少し遠出をした。

 
 1月半ばにはすぐにセンターがある。勿論今だってかなり厳しいが、年末は死ぬほど追われているだろう。呑気に見える僕だって、内心ものすごくざわついている。
 そして彼女は、目に見えて取り乱している。
 いつも冷たく見えるほど淡々と全てをこなしていただけに、彼女の変化は周囲を驚かせたりした。実は窮地に弱いタイプだったのかとか言われたりもしているけれど、でも僕は知っている。
 彼女はある意味、この先の将来を本気で賭けていた。大学受験でそんな大袈裟な、と思う人もいるかもしれないけれど、人によっては受験はそういう意味を持ったりする。
 自己への挑戦や出来るだけいい大学へ、と言うだけではなくて…。
 彼女は、ここでこの先の明暗が分かれると信じて戦っていた。そして実際、彼女の場合はそうなのだろうと思う。人には時々で、色んな事情があって、他人には見えない傷や痛みや熱望があったりする。
 そして僕はと言えば、彼女からしてみれば生ぬるく見えるのだろうけれど。だいたい、いつだって能天気に見られるのだ。
 だけど僕だって、この手に乗るくらいの譲れない野望を持った受験生だった。

 ツリーを見に行こうと初めて誘われたのは高1のクリスマスイブだった。僕たちは、人生初めて人と付き合ってみたりしたばかりで、会話すらたどたどしかったのを憶えている。
 それから冬が来るたびに、僕たちは自転車を走らせてここまでやって来る。近隣では少し有名な大きなクリスマスツリー。毎年10秒くらいはどこかのテレビで紹介される。池の淵に植えられた大きなもみの木が目一杯に飾られて、点滅する光が水面に映ってとても綺麗だ。
 イベント事に余り興味を示さない彼女なのに、このツリーだけはどうやら好きらしい。毎年誘われる。暇だと2、3回は連れ出される。
 今だって、マフラーに埋もれたまま突っ立って見入っている。寒さで赤く染まった耳と頬が、小さく震えていた。

 ここに二人で来られるのもこれが最後だろうか、と僕は横顔を見つめたまま思う。点滅する電飾の影が、瞳に薄く映って消えた。
 きっと最後なのだろう。いつまでも並んで歩いてはいけないことは、随分前から分かっていたんだ。彼女には彼女の欠けがえのない選択があり、僕には僕の譲れない選択がある。
 いつまでも一緒にいたいと切に願えども、それは互いの何かを確実に犠牲にするのだろう。未来に向かった何か、失われたら戻らない何かを、僕たちは互いのせいで失ってしまう。どんなに切なくても、その道は選んではいけないのだ、と思う。
 僕と彼女はまるで別々の人間だったのだ、ということを、最近やっと思い出した。余りにいつも近くにいたから、はぐれる事などありえない気がしていたけれど。
 たぶん簡単なもんなんだろうな。拍子抜けするほどあっさりと、切り離れてしまうのだろう。冷静にそんな予感が出来てしまって、僕は自分の薄情さに、時々本気で嫌になる。

 でもきっと、彼女も気付いているだろう。僕と同じように、手出しできないような確信に近い予感の中で、今ここにいるだろう。
 今、僕たちは確かに一体だ。
 今はまだ。

 僕はずっと彼女の横顔を見つめていたけれど、ふいに右手が淋しくなったので、彼女のコートの袖口を引っ張った。ようやくこっちを向いた彼女の左手をコートのぽけっとから引っ張り出してつないでから、僕のダウンのポケットに入れなおした。
 もうだいぶ長い時間ここに立っていて体が冷え切ってしまいそうだけれど、彼女がまだ動こうとしないので、もうしばらくはここにいようと思う。
 どうせこの先しばらく、立ち止まれる事はないのだから。
 年が明ければすぐセンター。そして私立。2月の終わりから国立の二次が始まって、合格発表の前に僕たちは卒業してしまう。
 立ち止まって、振り返って、何かをゆっくり考える余裕なんて、今は許されていないんだ。
 僕たちは大学にいくことを選んでしまった。そしてまっすぐに走ってきたんだ。

 まだ止まれない、駆け抜けなくては。
 春が来るまでは。

 春が来ればきっと二人は、はぐれてしまうと分かっているけど。
 想いは距離も時間も越えられるなんて言ったりするけれど、もう二人一緒にはいられない。同じものを、同じ時に、並んで見つめてはいられなくなる。何かは確実に変わってしまうだろう。
 僕らの間に長い時間とともに積み上げられた親密で緻密な何かが、音もなく揺らいで…
 僕はまだきっと他愛無いガキなんだと思う。その、薄らいでいく感覚に、まるで耐えられそうもない。
 この手を放してしまったら、きっとどこまでも遠く遠く離れてしまう。そんな気がする。
 それでも僕たちは止まれない。分かっていても止まれないんだ。
 永遠と、高校生でいられるわけもないから…


 僕たちは春を待つ。
 まだしっかりとつないだ手を放せないままで、時間が足りないと焦りながらも。
 俯きがちに、走り続ける、背中を柔らかに押してほしい。
 この安らかな日々を後にして、二人が前に進めるように。
 互いの幸せを、心から願えるように。
 白紙の未来に、せめて暖かな祝福のような。
 僕たちは春を待つ。
 そして願わくば、そっと、いま、南風。




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