春休み (vol.6)



 今、僕の机の上にもアルバムがある。まったく同じ作りの卒業アルバム。同じ色、同じ素材。違うのは、キズもなく真新しいことと、銀色で書かれた数字だけ。
 開けば沢山の写真が並んでいて、沢山の顔が笑ったり戸惑ったりしている。でも、片山さんはいない。兄貴も、先輩も、どんなに探しても、どこにもいない。
 表紙の見開きにはやっぱり色とりどりのメッセージが並んでいるけれど、そこには先輩の奔放に目立つ文字も、片山さんの濃紺色の小さな文字もない。
 当たり前だけど、それを僕は悔しいと思う。
 どうしたって、どうにもならない。仕方がないことだ。
 そんなことで僕と兄貴を比べるなんて馬鹿馬鹿しいって分かってる。分かってるけど。それでも。

     やっぱり羨ましいよ…

 僕は言葉を耐えるように、大きく息を吸い込んだ。少しだけ目を閉じて、少しだけ息を止めて、それからそっと吐き出した。静けさを守るように、そっと。
 まだおとなになりきれない僕たちの前には、だたっぴろい広大な道があって、そのずっとずっと前のほうに、片山さんがいて、先輩がいて、兄貴がいる。
 僕は遠く、彼らの背中を追いかけている。4年分の距離は、縮まることなく、広がることなく、横たわり続けて。

 僕は、追いつくことは出来ないのだ。永遠に。
 僕の3年間は、彼らとはまるで別物だから。


 本当に全部、どうしようもない事だけれどな。

 兄貴は片山さんに会えるのだろうか。
 きっと、会えるのだろう。兄貴は彼女の連絡先を知っているのだろう。
 僕の知らない、彼女の携帯の番号も、住所も、大学も、きっと、僕の知らない様々な事を。
 兄貴は知っていて。だから。
 兄貴にとっての片山さんは、僕の記憶にあるよりももっとずっと、確かな輪郭をもった鮮やかな人なのだろう。
 例えば思い立って、はるばる会いに行けるくらいに。

 僕にとっての彼女は、どれも真夏の中にいる。ふわふわの金髪が風になびいて、淡く笑って、それで、それだけだ。
 この街にいない片山さんのことを、僕はまったく想像できない。見知らぬ街にいるはずの片山さんは、薄くぼやけて霞んで、どれだけ思い浮かべようとしても、輪郭を持ってはくれないのだ。
 だから僕は、会いには行けない。
 今はまだ。

 だけどもし。
 もう一度会えるならそのときは。
 そのときは?

 僕は一人、気恥ずかしくなって俯いて苦笑した。
 そのときのことなんて、分からない。
 そのときのことなんて、まぁ、そのとき考えればいいや。
 あっさりと、誰か別の人を好きになっているかもしれないんだし。
 人を好きになる瞬間なんて、本当に計り知れない。予測不可能。自制もきかない。
 そのことを、僕はもう身をもって知っている。僕が片山さんに教えてもらった、数少ない真実のひとつだ。

     なにしろ二つもサバ読んでたからなー…あの人

 ま、勝手に勘違いしただけだけど。

 あの夏のことは、少しずつ霞んでも、今でもちゃんと覚えている。
 このままずっと薄れていっても、僕のこころの片隅に、いつまでも消えずに残ればいい。





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