春休み (vol.5)



 ごめんなって、なんだそれ。同情?
 謝る理由なんて何もないじゃないか。なんだそれ。
 ばかにしてるよな…

 携帯電話をベットの上に投げつける。開いたまま置き去りにしたアルバムのことを思い出してもう一度兄貴の部屋に引き返しながら、僕は、兄貴が乗ったであろう特急列車の事を曖昧に思い浮かべる。
 電波の向こうから聞こえた歪んだ喧騒。けたたましい発車ベルと、耳障りなノイズ。
 それから、修学旅行で一度行ったきりの西の街。ぼやけた記憶の中でなお、ありえないくらいの人の群れと、鮮やかな街並み。
 色んな店があって、目新しいものに溢れていて、そして。
 片山さんが住んでいる街。

 そこは遠い世界だ。僕にはまだ、届かない世界

 兄貴には届くのだろうか。
 きっと、届くのだろう。
 だって、僕と片山さんの間にあるのはささやかなだけの偶然だけど。兄貴にはもっと、確かな理由がある。
 僕には絶対に手に入らない時間を、共有していたという歴史が。

     やっぱり羨ましいよな…

 いつ見ても、何度見ても、変わらない位置と色で残り続ける言葉はずっともう、消えてしまうことはないのだから。

 片山さんには彼氏がいて、それが同級生で友達で、二人はいとこ同士みたいに似通っていて仲がよくて、ずっと何も、言えなかったんだとしても。
 同じ三年間を、同じ校舎で、過ごして過ぎ去って、今もこんなにも完全に閉じている。
 離れ続けていくばかりだとしても、もう二度と重なることはないんだとしても、それでも、同じ延長線上に、同じ時間軸のなかを生きている。


 僕なんて、初めから、まるで蚊帳の外だったんじゃないか。
 僕がどれだけ望んでも、どれだけ強く思っても、兄貴の隣には並べない。
 片山さんの前に立てはしない。
 去年の夏は、強烈に暑くて、それで。
 陽炎のように揺らいだ偶然の中で一瞬。ほんの一瞬。すぐそばにいられたような気がしたけれど。でも、そんなのは。

 錯覚だ。ただの。

 あの時、片山さんが僕を真っ直ぐに見ていたのは、ただ懐かしかっただけなんだ。
 日に焼けた僕と、僕の鞄と自転車に、先輩を透かして見ていただけなんだ。

 そんなこと。
 分かっていた。
 分かりたくなんかなかったけれど。
 分かっていたんだ。





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