バームクーヘン バームクーヘンを見ると、バームクーヘンを丸齧りしたいといっていた人のことを思い出す。そんなときしか思い出さないのに、それでも忘れてはいないんだ、ということに、微かに動揺する。 不思議。 ただ。 バームクーヘンが食べたいって言ってただけなのに。 あんまり何度も言うので、じゃあ一度齧ってみれば、と言ったときには私たちはまだ高校生で、それもお金のない高校生で、切り分けられたものはともかく、丸い形をしたバームクーヘンは私たちにとっては、随分と、高価だった。 もっとも、本当に丸ごとのバームクーヘンというのはもっとずっとずーっと大きいものなんだ、ということは、全然知らなかった。 バームクーヘンは、丸くて、真ん中に穴が開いていて、幾つもの層になっていて、駅前の洋菓子屋のウィンドウに入っていた。 育ち盛りだったらしい彼は呆れるほどいつもおなかがすいていて、その店の前を通りかかるといつだって、丸齧ってみたいと言った。 甘いものがさほど好きではない私は想像だけで胸焼けがしそうだと思っていたけれど、彼にとってその望みは本物らしかったので、バレンタインにはケーキを焼いた。 さすがにバームクーヘンの作り方は分からなかったので、真ん中にバナナを入れた巨大なロールケーキを焼いて、綺麗な紙に包んであげた。 丸齧っても良いよ、バームクーヘンじゃないけど、と言ったら彼は、随分と嬉しそうな顔をしたんだ。 ほんとに?全部食べちゃうよ?と、寒い公園のベンチで包みを開けながら彼は言って、良いよ、と答えたらもう一度嬉しそうに笑った。 今ならもう、丸いままのバームクーヘンは買える。別に、さほど裕福になったわけではないけれど。 私は今も甘いものが苦手で、バームクーヘンを丸齧りしたいなんて思わないけれど。ただどうしても、見かけるたびに、何故なんだかあの人の事を思い出す。 夢は叶っただろうか。 随分と、ささやかで食い意地の張った夢だったけれど。 夢は叶っただろうか。 今ならバレンタインに、買って贈ってあげられるのにな。いいよ、丸齧りして、って、言えるのにな。 それとも今年辺り、誰かにもらうだろうか。そんな、ちょっとばかばかしいような昔の夢を、知っている人がいるだろうか。私以外にも。 それとももう、彼も忘れてしまっただろうか。そんなことを、いつも言っていた頃のことなんて。 今ならきっと、もっと美味しいケーキだって焼けるんだけどな、と思って、ちょっと笑った。 いつまで私はこうして、ふいに思い出したりするんだろう。 いつまでも消えなかったらそれはそれでちょっと困るな、と思って、目を細めた。 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回) >NEWVEL:「バームクーヘン」に投票 サイトTOP |
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